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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7033号 判決 1969年8月25日

原告 太田又弘

右訴訟代理人弁護士 太田常雄

右同 斉藤治

右同 二宮忠

被告 斉藤正雄

右訴訟代理人弁護士 小林十四雄

被告 赤羽スズラン通り商店街振興組合

右代表者代表理事 渡辺剛一

右訴訟代理人弁護士 今井甚之烝

右同 平山直人

主文

1、原告の各請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1、原告

(一)、第一次の請求「被告赤羽スズラン通り商店街振興組合は原告に対し別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。原告と被告斉藤正雄との間において、原告が右被告に対し右土地につき、目的普通建物所有、期間昭和三五年一〇月一日から二〇年間、賃料一か月金二、一五〇円なる賃借権を有することを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)、予備の請求「被告両名は各自原告に対し金一、四五一万八、八〇〇円およびこれに対する昭和四一年五月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

2  被告ら、主文同旨の判決。

二、当事者の主張

1  第一次請求の原因

(一)、別紙物件目録(一)記載の土地(以下、「本件土地」という)は、被告斉藤正雄の所有であるが、原告は、昭和三五年一〇月一日同被告より右土地を普通建物所有の目的で期間二〇年、賃料一か月金二、一五〇円の約にて賃借した。

(二)、しかるに被告赤羽スズラン通り商店街振興組合(以下、「被告組合」と略称する。)は本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物を所有し本件土地を占有している。

(三)、よって原告は被告斉藤に対しては右賃借権存在の確認を求め、また被告組合に対し被告斉藤に代位し、もしくは右賃借権に基づき右建物を収去し本件土地を明渡すことを求める。

2  予備的請求の原因

(一)  本件土地は被告斉藤の所有であるが、原告は、昭和三五年一〇月一日同被告より普通建物所有の目的で期間二〇年賃料一か月金二、一五〇円の約にて本件土地を賃借した。

(二)  被告組合は、荒川久雄と共謀し昭和三九年五月頃、被告斉藤に対し原告が右賃貸借契約の合意解約を承諾している旨虚偽の事実を告げて被告組合に新たに本件土地を賃借してくれるよう申し入れたので、被告斉藤は原告の代理人と自称する荒川との間に右賃貸借契約を合意解約したうえ、同月一八日本件土地を被告組合に普通建物の所有を目的とし期間二〇年賃料一か月金二、一三五円の約で賃貸した。

ところで、原告は賃借当初から本件土地の引渡を受け、かつ占有してきたものであるが、被告組合はその頃原告の本件土地に対する占有を侵奪し、同年一二月頃本件土地上に前記建物を新築し同月四日所有権保存登記をした。従って、被告斉藤の原告に対する本件土地を使用収益させるべき債務は同日履行が不能となった。そして、その当時本件土地の借地権価格は、金一、四五一万八、八〇〇円であった。

(三)  よって、原告は、被告斉藤に対しては債務不履行(履行不能)を理由に、被告組合に対しては賃借権侵害による不法行為を理由に、それぞれ金一、四五一万八、八〇〇円とこれに対する昭和四一年五月一八日(予備的請求の趣旨を記載した昭和四一年五月一二日付準備書面が被告両名に送達された日の翌日)から支払済まで民法所定の利率による年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3、請求の原因に対する被告等の答弁

(一)、第一次請求の原因(一)および(二)は認める。

(二)、予備的請求の原因(一)は認める。

(三)、同(二)のうち、被告斉藤が昭和三九年五月一八日被告組合に対し原告主張の約定で本件土地を賃貸したこと、被告組合が同年一二月本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物を新築し同月四日所有権保存登記をしたこと及びその頃の本件土地の賃借権価格が金一、四五一万八、八〇〇円であったことは認めるが、その余は否認する。

4  被告等の抗弁

(一)、(1)、荒川久雄は、昭和三九年五月一六日原告の代理人として被告組合との間で原告の本件土地の賃借権を金一、四五一万八、八〇〇円で被告組合に譲渡する旨の契約をし、同月一八日被告斉藤は右譲渡を承諾した。

(2)、仮に右事実が認められないとしても、荒川は右同日原告の代理人として被告斉藤との間で原告と同被告との間の本件土地の賃貸借契約を合意解除し、同被告は同日本件土地を被告組合に賃貸した。

(二)、原告はかねてより荒川に対し右(1)の譲渡およびの合意解約する代理権を授与していた。

(三)、仮に(二)の事実が認められないとしても、荒川には左のとおり表見代理が成立する。

(1)、原告は、昭和三九年頃野本誠に対し同人が根岸享(被告組合の組合員)の代理人として荒川と原告の賃借権を買受ける交渉を進めていた際、右賃借権を処分する一切の権限を荒川に与えている旨代理権授与の表示をした。

しかして、被告組合の理事長、理事等も右の事実を伝聞しており、また原告は自己の賃借権が昭和三六年以来自己の名で売りに出ていることを知りながらこれを黙認していたのみか、同年五月一二、三日頃荒川は被告斉藤に対し、原告が自己の賃借権を譲渡もしくは賃貸借契約を合意解除してもよいと云っているから本件土地を被告組合に賃貸してもらいたい旨申入れたので、被告斉藤が早速原告にその旨の真意を訊ねたところ原告はその処分一切を荒川に任せてあるから、同人との間で話を決めて欲しいと明言したので、被告組合および同斉藤は荒川との間で原告の表示した範囲に属する前記(一)(1)もしくは(2)の契約をした。

従って、原告は民法一〇九条により荒川の右行為につき責任がある。

(2)、原告は荒川に対し別紙取引目録記載の物件を売却する代理権を与えた。そして、昭和三四年頃荒川は原告の代理人として本件土地上の家屋を買受け原告の名代として近所の被告組合理事等の家を挨拶廻りし、以後右土地を原告の代理人として管理していた。更に荒川は昭和三六年に至り前記賃借権を自己の名で売物に出し赤羽地区の不動産業者の店頭および読売新聞紙上に自己の名で広告し、本件土地の区画整理に当り、区画整理事務所に対し自ら賃借人として申告処理している等に徴し、被告組合および同斉藤において荒川の前記(一)、(1)もしくは(2)の行為が同人の代理権の範囲内の事項であると信じかつ信ずべき正当の理由があるというべきである。

よって、原告は荒川の右行為につき民法一一〇条により責任を有する。

5、抗弁に対する原告の答弁

(一)、抗弁(一)の(1)は否認する。

(二)、同(一)の(2)は認める。

(三)、同(二)および(三)の(1)、(2)は否認する。

三、証拠≪省略≫

理由

第一、第一次請求について

一、原告が被告斉藤の所有する本件土地を昭和三五年一〇月一日同被告より普通建物所有を目的に期間二〇年賃料一か月金二、一五〇円の約で賃借したこと、および被告組合が本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物を所有し本件土地を占有使用していることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、被告らの抗弁を判断する。

(一)  荒川久雄は、昭和三九年五月一六日原告の代理人として(但し、代理権の有無は除く)被告組合との間に、原告の右賃借権(以下「本件賃借権」という。)を被告組合に金一、四五一万八、八〇〇で譲渡する旨の契約を締結し、同月一八日被告斉藤が右譲渡を承諾したことは、≪証拠省略≫によって認定でき、右認定を左右する証拠はない。

(二)  被告らは、荒川が本件賃借権を譲渡する代理権を原告から与えられていたと主張するが、≪証拠判断省略≫他に右事実を認めるに足る証拠はない。

従って、荒川は本件賃借権を譲渡する権限がないのに原告の代理人として被告組合に対しこれを譲渡する旨の契約をしたことが明らかである。

(三)  よって、被告らの民法一〇九条の表見代理の主張を考えるに、原告が被告組合に対して本件賃借権を処分する代理権を荒川に与えた旨を表示したと認めるに足る証拠はないし、仮に被告ら主張のとおり、原告が野本誠に対し右の代理権授与の表示をしこれを被告組合が伝聞したとしても、このように他者に対する代理権授与の表示を単に伝聞したにすぎない者は民法一〇九条の第三者には該当しないというべきであるから、いずれにしろ同法の表見代理の成立する余地はない。

(四)  そこで、民法一一〇条の表見代理の主張を検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると次のような事実が認められる。

(1) 原告は、昭和二七・八年頃現在自己が所有する肩書住所地所在の家屋を他から買った際に、それを仲介した不動産業者に雇傭されていた荒川久雄と知るところとなった。以後一時荒川との交際は跡絶えたが、昭和三三年頃から当時既に独立して個人で不動産業を営んでいた荒川の勧めもあって、不動産物件を対象にした投機による利得を得る目的でもっぱら荒川と相携えて同人を深く信頼し不動産物件の売買取引を始めるに至った。すなわち、荒川が自己の才覚で将来性のある不動産物件の売手を探し求め、それを原告に仲介斡旋し、原告の費用で原告が買い受け、かくして当該物件を荒川が更により高値で処分すべく時期を見計って適当な買手を不動産業者を通じ、もしくは自ら広告して物色し、原告との協議のうえこれを原告が他に売却し、利益を図る、という方法で取引関係を継続するようになった。しかして、右日時頃から昭和三九年初め頃までの間に右のような目的のために原告が自らの費用で少くとも一二件の不動産物件を荒川の仲介(うち一件の物件については原告にその際手元資金がなかったために、将来の売却による利益を相互に分配するという約)で買入れ、買入れた当該物件のうち少くとも六件を第三者に原告の名で売捌き、原告は荒川に対し原則として(つまり、右の利益分配の方法をとった以外は)売買価格の二分ないし三分の手数料を支払うこととし、かつ別紙取引目録(3)(5)ないしの(9)不動産物件については荒川に対し売買の代理権を与えていた。そして荒川が代理権を与えられていた場合は勿論のこと、その他の場合においても、荒川が直接売手もしくは買手と接触交渉し、代金の授受、登記申請手続、当該売買についての計算関係の事務等を原告に代行し、あるいは自己の裁量で行っていた。このようにして、原告が荒川と提携してなした不動産売買取引に投資した費用はおよそ金七、〇〇〇万円から金八、〇〇〇万円にも昇るが、昭和三九年四月に発覚した荒川の背信的行為もあって、原告にあっては所期の目的をまっとうするところではなかった。しかしながら、他方原告は荒川との右のような取引とは別に、荒川が昭和三八年春不動産業を目的とする東洋商事なる株式会社を設立するに際し、発起人の名義を貸与したりして荒川を助力し、その後、右東洋商事の事務所の一部を借りて原告が代表取締役をする会社の事務所を同所に置き、更に取引目的の不動産物件の価格等の状況を知るためにひんぱんに荒川の事務所を訪問したりして、荒川との密接な関係を保っていた。

このような荒川と原告との関係から、不動産業者の間では原告をして荒川のスポンサーであるとか、荒川と共同事業をする者、はたまた原告すなわち荒川である等の風説が生じ、これが当然のように信じられていたし、荒川自身もかく言い、かつ勝手に原告の名を用いて不動産取引の交渉をすることもあった。

(2) 本件土地は、赤羽駅前のスズラン通りという商店街の中心に位置し、しかも角地であるから商業上最適の場所である。これは、もと地積が二七坪五合あった。そしてその所有者である被告斉藤がこれを二分して西明あきおよび松本金重に賃貸し、同人らが店舗兼居宅の建物を各所有し営業していたものであるが、原告は荒川の仲介で前記のようにして利益を得る目的で、昭和三三年一〇月頃西明から、更に同三四年一一月頃松本からその各所有する建物を敷地賃借権とともに譲受け、被告斉藤の承諾を得た。そして荒川は原告が西明から建物を買った際に原告と共に、時には荒川一人で近隣の商店街の組合員らを挨拶して歩き、荒川が一人で挨拶廻りをした時には荒川自身の名刺を置く等して歩いた。また荒川はその後原告の買入れた建物の新たな賃借人から後記のようにそれを取毀すまでの間継続して家賃を取立ていたし、かつ地主である被告斉藤宅に本件土地の賃料を一年分もしくは半年分にまとめて持参し支払っていた。

ところが、昭和三五年頃になって赤羽駅前附近の区画整理事業の施行により、右土地の地積が一部削除されることとなったが、その際の区画整理事務所との事務折衝には多くは荒川が独自で、もしくは被告斉藤の実父である斉藤秋次郎と共に関与した。かくして、右の区画整理によって右土地は二一坪三合五勺に減少し本件土地となったが、その際原告は地上の前記二棟の建物を取毀し更地とした。しかし、その後も荒川が地代を持参し支払ったし、更地となった本件土地に塵等の汚物が捨てられることがあって、被告組合が管理の不行届につき荒川に対し苦情を伝えたところ荒川は原告の費用をもって本件土地の周囲に板塀を繞ぐらせる等していた。

更に荒川は昭和三五・六年の六月頃、自己の名で読売新聞紙上に本件賃借権を売却する旨の広告を数回に亘り掲載し、かつまた赤羽近隣の不動産業者の店頭に同様の広告を掲示させていた。他方、原告は昭和三七年秋頃になって本件土地上にビルを建築し同所で自ら商売を営もうと計画し荒川をして建築の設計を二名の建築業者に依頼させたものの土地が狭隘である等の理由で建築に着手するまでには至らず、そのままになっていたし、荒川に対して他に適当な代替地があるならば本件土地と交換したい旨伝えていた。そして、昭和三八年の暮頃に荒川の依頼で赤羽駅前の大黒屋なる不動産業者の使用人野本誠が本件賃借権を買いたいという根岸享(その頃から被告組合の組合員)を荒川に紹介し、野本が根岸を代理して荒川と本件賃借権の売買について具体的な折衝を持ったが、その価格についてはどうしても折合がつかなかったので、野本が直接原告に電話したところ、原告は本件土地については荒川に任せてあるから荒川と折衝せよという趣旨の返答をし、積極的に本件賃借権を売却する意思がないことを明示しなかったし、同様のことを昭和三九年四月初め頃に斉藤秋次郎にも電話で答えていた。

(3) 被告組合は、かねてから組合会館建設の計画を有していたところ、昭和三九年一月の総会において、以前から組合員らが本件賃借権が売りに出ているということを他から伝聞していることもあって、被告組合が本件賃借権を譲受け会館を建設することを決議した。しかして、被告組合の理事である小田切照雄らが主体となって、前記(1)のような原告と荒川の関係を伝聞したり、或いは原告方に電話したところ、原告ではないが、電話に出た相手方から荒川に一任してある旨言われたこともあり、もしくは他から同趣旨のことを伝聞していたので、荒川が原告の代理人であると信じ、同年二月下旬から直接荒川と本件賃借権売買の具体的な折衝を開始した。そして、荒川は、被告組合の申込に対し拒絶することなく、真実は本件賃借権を処分する権限がないのに結局高額で売却するならば原告も事後的に承諾してくれるものと安易に考え、かつ被告組合に対しては自分が処分権限を有する旨虚偽の事実を告げ、右小田切らを安心させて話合を続けたうえ、最終的に坪金六八万円ならば本件賃借権を譲渡してよい旨を小田切に伝えた。そこで、小田切は坪金六八万円で被告組合が買取るべきか否かを同年五月一二日頃の理事会で図り、結局被告組合は右価格で譲受けることを決定した。

しかして、被告組合は、同月一六日商店街の近くの富士屋パラーにおいて理事長渡辺剛一外理事等一〇数名が出席して、荒川との間に被告組合が金一、四五一万八、八〇〇円で本件賃借権を原告から譲受ける旨の契約を締結したのであるが、荒川は同日右富士屋パラーに赴く以前に東洋商事株式会社の使用人藤村貞太郎と尾崎隆の両名を自宅に呼び寄せ、本件賃借権を被告組合に譲渡することになったが原告の税金対策上原告と被告組合との契約の間に名を加えて欲しいと依頼し、事情を知らず、かつ荒川が本件賃借権を処分する権限を有するものと信じていた右両名を利用し、藤村をして、昭和三九年四月二五日付で原告が藤村に対し金一、二八一万円で本件賃借権を譲渡した趣旨の文言を記載せしめ、次いで尾崎に売主太田又弘なる原告名と住所を記載してもらい、その名下に荒川がかねてから使用していた太田なる印を押捺し、もって原告名義の契約書を偽造し、しかる後に荒川は、右両名と共に富士屋パラーに赴き、同所で右の契約書を被告組合の理事長等に提示して、このように原告は本件賃借権の譲渡を承諾しているのであるが原告においては現在税金問題で非常に困っているので、原告から直接被告組合に譲渡したようにされては困るから、契約書の上では藤村から被告組合が譲受けたようにしてもらいたいと頼んだので、渡辺剛一らは原告が譲渡を承諾してさえいるならば契約書の記載はそれでも結構であると了承し、ここで更に藤村から被告組合が金一、四五一万八、八〇〇円で本件賃借権を譲受ける旨の契約書を作成した。

ところで、被告組合は、右契約の締結に至るまで果して荒川が本件賃借権の処分権限を有するのか否かを直接本人たる原告に問い合わせて確めていないが、理事長たる渡辺剛一や荒川との折衝を主になしていた理事の小田切らは、荒川を信じ、かつ前示のような理由で荒川にそのような権限があるものと信じて疑わずに右契約を締結したものであった。

(5) 荒川は、右契約の後に小田切らと共に被告斉藤宅を訪ずれ、同被告の実父斉藤秋次郎に対し本件賃借権の譲渡の承諾を求めた。そして、同人から原告が承知なら承諾する旨の言質を得、その旨の一筆をもらい、同月一八日に改めて被告組合と被告斉藤が本件土地の賃貸借契約をすることとし、荒川は承諾料として金一〇〇万円を原告が支払う旨約した。そこで、被告組合は、同月一八日右譲渡につき被告斉藤の承諾をうるとともに、同被告との間で本件土地の賃貸借契約をし、同年七月頃から本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物の新築工事に着手し同年一一月末頃にこれの完成をみた。

≪証拠判断省略≫

以上の認定の事実から、荒川が別紙取引目録(3)(5)ないし(9)の原告所有の不動産を売買する権限を原告から与えられたことは明白であるし、被告組合との本件賃借権の譲渡契約の当時、少くとも原告が荒川に対し本件賃借権の対象である本件土地を管理する代理権を授与していたろうことが推認でき、そして被告組合は、荒川の本件賃借権譲渡行為が同人の代理権限内のものであると信じてその契約を締結したことも明らかである。

しかして、前認定の事実にかんがみると、被告組合において荒川の右譲渡行為が代理権の範囲の事項であると信じたことにつき正当な理由があると解して妨げないといえる。確かに本件においては荒川が譲渡契約の際に原告の委任状のようなものを所持しておらず(被告組合代表者渡辺剛一本人の供述中に、荒川が原告の委任状を持っていたという趣旨の供述があるが、それはそれ自体曖昧なものであって信用できず到底採用するに足らない)、また契約の際に荒川が示した原告と藤村貞太郎間の契約書の原告名下の印影が、証人荒川の証言によると甲第四号証の原告名下の印影と同一のものであることが認められるところ、それはいわゆる通常重要書類に押捺する実印といわれるものとは解しえず、多分にいわゆる三文判に類するものといえるので、これらの点から判断すると被告組合には信ずるにつき何らかの過失があったのではないかと忖度される点もないではないが、原告は荒川と共に約七年間の長きに亘り密接なる関係を保持し同一の利益追求に向って不動産取引に携っていたのであり、荒川の自由裁量にわたる行為に対しても寛大でかつ黙認して来た状況も十分に窺知しうるところであり、しかも本件の譲渡契約の以前にも荒川が本件賃借権を処分しようとしている態度を探知する機会がいくつかあったのに(例えば、前認定のとおり、野本や斉藤秋次郎の電話連絡により荒川の右のような態度が推察しえたであろう)、野本らに対しては勿論、荒川に対しても本件賃借権を処分する意思がないことを表示するような積極的な対策を講じた形跡も見当らないこと等を考えるならば、前認定の事実関係のもとにおいては被告組合が荒川の行為が代理権の範囲内であると信じたことにつき正当な理由があるといえる。

なお、原告は予備的請求の原因において、被告組合が荒川には本件賃借権の処分権限のないことを知っていた、という事実を前提とする事実主張をしているので、被告らの右表見代理の主張に附しても、同じく被告組合の悪意の事実を主張しているものと善解しえないでもないが、そうだとしても、右事実を認めるに足る証拠はない。

従って、原告は荒川のなした被告組合との譲渡契約につき民法一一〇条によって責任を負わねばならず、結局昭和三九年五月一六日本件賃借権は原告から被告組合に有効に譲渡されたものである。そして、被告斉藤が同月一八日右譲渡を承諾したことは前判示のとおりである。

三、そうだとすると、原告はもはや本件賃借権を有しないから、それがあることを前提とする第一次の請求はいずれも理由がないといわなければならない。

第二、予備的請求について

一、その請求原因のうち、原告が昭和三五年一〇月一日被告斉藤から本件土地を賃借したこと、および被告斉藤が昭和三九年五月一八日被告組合に対し本件土地を普通建物の所有を目的として期間二〇年賃料一か月金二、一三五円で賃貸し、被告組合が同年一二月本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物を新築し同月四日所有権保存登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

二、まず、原告は被告組合が荒川と共謀し被告斉藤に対し原告が右の賃貸借契約を合意解約することを了承している旨虚偽の事実を述べ、原告の代理人と称する荒川と被告斉藤が右賃貸借契約を合意解約した、と主張するところ、荒川に本件賃借権の処分権限がなかったことは先に判示したとおりであるが、その余の主張事実についてはこれを認めるに足る証拠はない。

前判示のとおり、表見代理人荒川と被告組合の契約により本件賃借権は有効に原告から被告組合に譲渡されたのである。これを被告斉藤が承諾し、右譲渡のあることを前提として昭和三九年五月一八日被告斉藤と同組合が本件土地の賃貸借契約をしたのである。つまり、被告斉藤が本件土地を二重に原告と被告組合に賃貸したという関係ではない。荒川の譲渡契約につき表見代理が成立する以上、原告自らが本件賃借権を譲渡したのと同様の法的効果が生ずる。しかも被告斉藤が右譲渡を承諾したのだから、もはや原告は被告斉藤に対し本件土地を使用収益せしめるべきことを主張できる筋合はない。被告斉藤には同月一六日以降原告に対し本件土地を使用収益させる義務がないから、原告に対する債務不履行ということはありえない。更には、被告斉藤が仮に荒川に本件賃借権を譲渡する権限がないことを知っていたとしても、被告組合への譲渡が有効であり、かつこれを被告斉藤が承諾した以上は被告斉藤が原告に対する関係で依然本件土地を使用収益させる義務があるとは解しえないであろう。いずれにせよ、原告の被告斉藤に対する債務不履行の主張は採用できない。

また、表見代理の成立によって原告が本件賃借権を被告組合に譲渡したのと同一の法的効果が生ずる場合、その反面としての原告のその賃借権の喪失が、同時に当該契約の相手方であり従って、その賃借権を取得した被告組合による違法な権利侵害と評価される余地はおそらく全くないといえる。もし被告組合が荒川の超権行為につき悪意ならば、表見代理は成立せず、原告は依然賃借権を有するから、その侵害ということはなりたたない。従って、原告の被告組合に対する不法行為の主張も理由がないことが明白である。

第三、結び

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 大沢巌 裁判官黒田節哉は退官のため署名捺印ができない。裁判長裁判官 岡田辰雄)

<以下省略>

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